7.ミネラルウォーターと水道水はどこが違うか(その1) 市場の成長というのは、人間の成長と似ているところがある。世間に知られていない若者がにわかに人気を得て世に躍りだすと、もてはやされる一方で、何をこしゃくな若造がと何かとその欠点を見つけて叩こうとする一派が現れる。誤解や無理解が原因となっていることも多いが、世の常とはいえ双方にそれなりの理屈があるから、少し客観的に見るとなかなか興味深い。 @水道が全国的にかなり普及している われわれのいうミネラルウォーターは(もう一度繰り返すが、ここでいうミネラルウォーターとは厳密に定義されたものではなく、世間一般に使われている漠然とした範囲のものとして使う用語だが)、元々はヨーロッパで飲用治療に使われたナチュラルミネラルウォーターに端を発すると考えていい。大まかにいえば単なる飲料としてよりも薬に近い感覚から出発していると考えた方が理解しやすいかもしれない。 しかし、現在ではナチュラルミネラルウォーターに治療効果を表示することは禁止されている。ナチュラルミネラルウォーターも食品の一つだから、当然薬効をうたってはならないのである。これは世界的な食品規格であるコーデクス規格でもそうだし、またヨーロッパだけで規定しているECディレクティヴ(普通はEC指令といっているが)でも同様である。EC指令はヨーロッパの中だけ、というよりもEU内だけで通用するものだが、コーデクスと違って強制力があるからここで禁止すれば、フランス国内法でも禁止しなければならない。 少し脇へそれるが、一般の飲用水とは何か、大変定義はし辛いのだが、常識的にいえば水道水が一番量も多いし、普及もしているから、その対象とみていいだろう。石清水とか川の水もそうだが、これらは容器に入っていない。従ってナチュラルミネラルウォーターと対等に比較するのは少しおかしいが、単に水ということでここでは一応対象としよう。ただヨーロッパはナチュラルミネラルウォーター以外の容器入り飲用水も考えている。そのあたりのことは別に述べる。
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日本でのミネラルウォーター市場もこれと似たところがあって、1970年代に急速に成長した頃は、まだまだ水と安全はただと思われていた時代だった。もちろん大正や昭和初期にフランスの水が輸入されて、愛飲した人もいた歴史はあるが、それはいわばスノッブで、一般のものではない。
水道の栓をひねってビンに水を入れて蓋をし、ほら100円ちょうだいといったら、馬鹿にするなと怒鳴られるだろう。日本でミネラルウォーターが普及しだした頃の大方の反応は基本的にこういった感覚である。コップに入れて飲めば十分事足りるのに、何でビンに入れて売らなければならないんだ、水道水ではなくどこかの井戸水であっても、ただで汲んだ井戸水に何で金を払わなければならないのかという感覚といっていい。
こういった感覚の背景を探ると、
A水道水の安全性はほとんど問題がない
B水道水を飲んだり調理に使うことに何の抵抗もない
C水道水はいわゆるハレの日のものではなくケの日に飲むもの
Dのどの渇いたときに飲むのは一般的に水であり、それが水道水である
ということになるだろう。一言でいえば、日常生活に密着した基本物資が水、それも水道水ということである。逆のいい方をすれば、水をビンに入れて売るのは余計な付加価値ということだろう。
こういう感覚に慣れた目でミネラルウォーターをみると、最初の反応がこの連載第1回で述べたどこかの大学の先生の「水は生活する上での基本物資であり、商売にするのはけしからん」というのも分からなくはない。まあこれは感情的な反応だが、理屈から言えば、ミネラルウォーターが商売になるのであれば、そこにどういう付加価値があるのかを探るということになるだろう。
その付加価値をどこに求めるか。最初に目に付くのはミネラルウォーターという名前である。「ミネラル」ウォーターだから、当然一般の水よりもミネラル分が多いはずだ、またわざわざビンに詰めて売るのだから、これも当然一般の水よりもおいしいはずだと考えるのが当時の常識であったとしてもおかしくない。そのために、この市場の初期の頃にマスコミで問題にしたのが、ミネラル分の量とおいしさだったのである。
この辺の事情は別項で詳しくみていきたいと思うが、とりあえずここでは、のどが渇いたから飲むもの、おいしいものがいい、という水に対するわれわれの常識が、必ずしも世界共通の認識ではないことを理解しておいていただく必要がある。つまりヨーロッパでいうナチュラルミネラルウォーターは、そもそも一般の水と差別する規準が“治療効果があるかどうか”だったのである。例えば、昔のフランスの国内法をみると、ナチュラルミネラルウォーターの要件の第1に“治療効果のあるもの”がうたわれていることからもそれは明らかだろう。
ところで、薬効という非常にわかりやすい区別を規準に出来ないとすれば、何をもって規準とするのだろうか。いろいろな事情があって、現在ミネラルウォーター関連のコーデクス規格で最終的に決まっているのはナチュラルミネラルウォーターだけだが、その定義を見るとまず次のように書いてある。
「ナチュラルミネラルウォーターは以下の理由で、
一般の飲用水とは明らかに区別できる水をいう」
その“以下の理由”というのは(a)から(f)まで6つあって、簡単にいうと、
(a)ミネラル成分や微量成分に特徴がある
(b)汚染から保護された水源の地下から直接採水する
(c)自然の変動の範囲内で成分や採水温度が一定である
(d)水源の微生物的純粋性と化学的本質成分を保って採水する
(e)水源のすぐ近くで衛生的にビン詰めする
(f)この基準で規定する以外の処理をしていない
実をいうと、このナチュラルミネラルウォーターの定義はわが国を含めてヨーロッパ以外の国々にとって非常に問題がある。そのために激烈な議論の末、このコーデクス規格は投票に持ち込まれ、33票対31票という僅差で採択されてしまったという経緯もある。ただ、何が問題かを今ここで取り上げることはしない。とてもわずかなスペースで解説できる問題ではないからである。従ってここでは一般の飲用水と“明らかに区別できる”理由というものをヨーロッパがどうみているかだけを検討したい。
ところで、上の理由6つの中には“おいしい”ということと、“ミネラル分が多いということはどこにも出てこない。ミネラル分については(a)項で触れてはいるが、これを正確に訳すと、「特定のミネラル成分と、その相関的な均衡、並びに微量元素又は他の成分によって特徴付けられている」のが理由であり、量には言及していない。ナチュラル“ミネラル”ウォーターといいながら、なぜミネラルの量が問題にならないのだろうか。
ここでちょっとCoffee
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7.ミネラルウォーターと水道水はどこが違うか(その2) 前回で疑問としたのは、ナチュラルミネラルウォーターのコーデクス規格でなぜミネラル分の量が規定されないかということだった。前にも述べたが、ヨーロッパのナチュラルミネラルウォーターは製品間の成分量にはかなりの変動があって、少ないものは30〜40mg/lから多いものは6,000mg/lにもなる。それを見ただけでも量を規定するのは無理だと分かるだろう。 ヨーロッパの中には地質的にそうでない国も多いから、こういった考え方の相違を統一して
EC指令を作るのは大変だったと思う。おそらくさんざん論議を繰り返したあげくに、ドイツは量について譲歩し、フランスは治療効果について譲歩して今の
EC指令ができたに違いない。ただ、双方とも基本的に治療効果という底流はあるから、EC指令ではそれが“健康に好適(favourable
to health)”という言葉で残っている。 前回述べたナチュラルミネラルウォーターが一般の水と違う理由の中の(c)項“自然の変動の範囲内で成分や採水温度が一定”というのはこういった背景から来たものである。微生物的なものは別に述べる(どうも別に述べることばかり多くて申し訳ないが、すべてに関連があるので辛抱していただきたい)が、歴史的な背景を考えれば、溶けている化学物質が一定であること、つまり成分の恒常性がナチュラルミネラルウォーターの特徴の最たるものであることが分かるだろう。 水道統計を調べると、水道の水源で井戸水を使っているところは思ったより多い。井戸水は基本的に成分に恒常性があると見ていいが、仮に井戸を水源とする水道があっても、需要がその井戸の限界量を上回れば、当然別の井戸を掘る必要がある。地下水派の関係で、かなり近くても井戸のミネラル成分が違うことは常に起こりうる。 次は、ミネラルウォーターが水道水よりおいしいか、という問題。水のおいしさというのはこれまでいろいろ見てきたように、どうも今ひとつ得体の知れないところがある。だが百歩譲って、こういう成分がおいしいのだと分かったとしよう。その場合でも、ミネラルウォーターと水道水のそれぞれ成分組成が一定でなければ、そもそも比べることすらできない。
実をいうと、ヨーロッパの水がEC指令で統一される前、つまりフランスでナチュラルミネラルウォーターの要件の第1に治療効果が要求されていた頃、ドイツではミネラルウォーターの要件の第1がそのミネラル分の量だった。ドイツでミネラルウォーターといえるのは総溶解固形分(TDS)、つまりミネラル分が1,000mg/l以上あるものに限ると法律に規定されていた。ドイツは本来ミネラル分の多い地質なのだろう、どうも昔の法規を見るとミネラルウォーターはミネラル分が多いほどいいという傾向がある。そして量が多いほど治療効果があると思っていたフシがある。
EC指令とほとんど平行して、コーデクス・ヨーロッパ地域調整委員会はナチュラルミネラルウォーターのコーデクス規格を1981年に策定した。これはヨーロッパ地域規格だったのだが、1997年にそれが世界規模規格となった。僅差の投票で負けたといったのはそのときのことである。さすがに、健康に好適という用語はコーデクス規格には入っていないが、このコーデクス規格の底流にはEC指令の考え方が色濃く残っている。
もともと飲用治療から出発したヨーロッパでは、どこの泉の水が身体に利くといった発想があっただろう。“この泉”ということは水源を特定するということであり、同時に体に利くということはこれも当然水の成分がいつでも同じということである。
こういった考え方は、当然わが国の場合にも当てはまる。治療効果という点は、わが国ではヨーロッパほど強調されないが、どこの井戸の水がおいしい、ということはよく耳にする。身体に利くということと同様に、おいしいという点についても、水源の成分の恒常性がなければ成り立たない。
一方、水道水の方はどうだろうか。水道の水源は多様である。井戸水あり、河川水あり、湖沼水あり、雨水ありで何でも水であれば利用してしまう。しかも、水道は需要に応じて供給する義務を負っている。これは大変なことで、量の確保は安全の確保と同様に水道の2大要素といえるだろう
まして地表水は雨や雪の影響で成分は変動するし、訳の分からぬ成分が他から流入する可能性は地下水よりもはるかに高い。そもそも水道には成分を一定に保つ義務もないし、そんなことより量と安全を確保するだけでも水道当局は手に余るほど十分な仕事を抱えているのだ。
そういうわけで、ミネラルウォーターと水道水の根本的な相違は、先ずミネラル分の恒常性の有無、つまり天然の変動の範囲内で、その水が持つミネラル分の量と組成がいつも一定であるかどうかという点にある。そしてミネラル分の量に関していえば、そこの水源がもしあまりミネラルの量が多くなかったとしても、これはどうしようもないことなのである。
特定の水源の地下水を採水するということは、言葉を換えていえば、そのミネラル分の量と組成を変えないということに他ならない。もし量を多くするというのであれば、それはミネラル添加水であり、加工された水となって、自然の地下水ではなくなる。だから、ミネラルウォーターにミネラルの量の多さを要求することは、特定の水源の地下水というミネラルウォーターの性格と基本的に矛盾する。“ミネラルウォーターはミネラル分が多くなければならない”のではなくて、ミネラル分の多いミネラルウォーターがほしければ“そういった製品を探さ”なければならないということである。
皮肉な言い方をすれば、消費者に断りなく成分を変更できるのが水道水の特徴だから、そもそもおいしさを比べること自体に意味があるとは思えない。こういった目で、湯冷ましの水道水と市販のミネラルウォーターをブラインドテストしたら、むしろ水道水の方が成績がよかったと息巻いた記事が出た時代を振り返ってみると、市場も成熟したのだなあと思う。
水道水は生活用水である。その役割の大部分は風呂、洗濯、食器などの洗浄、便所、徹水といった作業用であり、飲用としてはそのごく一部が使われるに過ぎない。だからといって、水道の水質を落としてもいいとは思わないが、悪臭があっては困るというのならともかく、おいしくなければならないという発想はどうも私には納得できない。
例えてみれぱ、荷物を運ぶのがその主たる役割であるトラックに、乗用車並の乗りごごちを求めるとしたら、それは乗用車に2トンも荷物を積めというのと同じだろう。ミネラルウォーターの役割は、基本的に曙好飲料である。そのために容器に入れられて販売される。水道水はなければ生活できないが、ミネラルウォーターはなくとも生活には影響がない。いやなら消費者は買わなくてもいいのだ。そこが水道水と違うもう一つの理由であり、だからミネラルウオーターは“基本物資である水を商売にするのはけしからん”といわれる筋合いはないのである。
執筆:(社)全国清涼飲料工業会 技術委員 福田正彦
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