9.ミネラルウオーターの生い立ち(その7) ヨーロッパ(続き): ヨーロッパの2大会社の戦略を見てきたが、それが成り立つのは消費者の方でそういった考え方を受け入れる素地があるからである。前回で「法規上の規定と一般民衆の感覚とのズレ」といったのはこのことを指す。 一般的にいえば、ミネラルウォーターの細菌が有用だと考える人は、身体に影響するほど多くの細菌があれば、源泉や工程中の汚染の可能性があることをまったく考えない。量の概念については、微生物についても化学物質と同様まったく考慮もされない。 しかし、微生物に関しては問題がある。この著者は“生菌”と“細菌”は別物で、前者は善玉、後者は悪玉と理解しているように見える。前回述べたように、EC指令でも“総生菌数”や源泉での“細菌数”というようにこの両者を区別していないし、微生物学の初歩を知る者であれば、そんなことは当たり前だ。日本でも、ミネラルウォーターに有害微生物がいれば飲用水として許可にならないのは同様である。 もちろん、水が生きているかどうかの定義といったものはない。しかし、グッド・ウォーターガイドがいみじくもいっているように“生きているということは、つまり細菌を含んでいること”とヨーロッパでは解釈されているようだ。日本でも生きた水という人もいるが、その解釈はどうも曖昧で、水道水であろうと井戸水であろうと“汲みたての水”という感じだ。 先日、ヨーロッパのルルドの泉の有様がテレビで放映されていた。これはもう巡礼としかいいようのない光景だったが、科学的事実とその対極にある水に対する信仰との間に、水の文化がさまざまな形で繰り広げられているのだろう。“生きている水”もあるときは信仰であり、あるときは概念の象徴になる。 いかがでしたか、皆さん。福田正彦さんの『水のほんとの常識』シリーズで水についてほんとうの正しい知識をもっていただけたと思います。取りあえずこの連載をひとまず終了させていただきます。
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例えばナチュラルミネラルウォーターの微生物についても、国際会議の場でヨーロッパは微生物そのものに有用性があるという主張はしない。しかし、一般にそう受け止めているだろうか。前に紹介したグッド・ウォーターガイドという本には、微生物について「ミネラルウォーターの全ったき神髄は、それが“生きている”ということだ。つまり、細菌を含んでいるということである。これは危ないということではない。むしろそこから実際的な利益が得られる。それはヨーグルトを食べるのとまったく同じで、良性の細菌を含み、身体に有益(抗菌処置を受けている患者は、身体に生きている細菌を復活させるためにヨーグルトを食べるように勧められる)である」
といっている。また、
「ミネラルウォーターに治療効果があるという主張の一部は、まさにその事実、つまりそれらが“生きている”ということに基づいている。こういった理由から、ミネラルウォータは封を切ってから1日又は2日で飲まなければならない、なぜならば一度ビンを開ければ他の細菌が入り込むからである」
ともいっている。
まあ、この本1冊で一般民衆の感覚を代表させるにはいくらか躊躇せざるを得ないが、これまで私が水に関して接触した人々、特にヨーロッパのミネラルウォーターを好む人たちの感じからすると当たらずといえども遠からずと思える。
これは日本でも同じで、その代表的な例を挙げてみよう。もうかなり前になるが1991年3月に発行された日本ミネラルウォーター協会報第13号の中にヨーロッパのミネラルウォーターを解説した記事がある。署名記事ではないので誰が著者かは分からないが、その中のくミネラルウォーターは安全でなければならない>という項目には、
「EC
でいうところのミネラルウォーターは、本来、“生きている水”です。例えば抗生物質を投与されている患者に対して医者はしばしばビフィズス菌が入っているヨーグルトを摂取するように勧めます。」とある。更に、微生物については
「同じように、“生きている水”の良性の生菌も、身体のシステムに機能するのです。」と述べているのだが、その後に括弧で注が付いている。
「(日本では細菌と生菌が混同されがちです。ECの基準では大腸菌や緑膿菌等の細菌の混在している水は絶対に飲用水としての許可はおりません)」
この記事の前段は明らかにグッド・ウォーターガイドと同じだ。参考資料としてこの本が挙がっているから、おそらくその引用だろう。日本ミネラルウォーター協会報に投稿するということは、少なくともこの著者が水に関しては専門家だろうから、ヨーロッパ一般の水に対する感覚が、少なくともこの著者が水に関しては専門家だろうから、ヨーロッパ一般の水に対する感覚が、やはりグッド・ウォーターガイドに述べているものと同じとして良いという傍証でもある。
むしろ問題は専門誌に権威をもって書かれることで生ずる誤解の方だ。事情を知らなければ、ミネラルウォーターの微生物がヨーグルトのように沢山あって、それが体にいい機能を持たせると思うだろう。ミネラルウォーターに機能を期待する人は多い。ョーロッパの専門家ですらミネラルウォーターの微生物についてそんなことは言っていないという事実は、それを期待する人々の前にはきわめて無力であるようだ。
更に、ちょくちょく出てくる“生きている水”という考え方も多くの問題を含んでいる。科学的に言えば、水は無生物だから生きているも死んでいるもないのだ。ただ、例えばひと頃の隅田川のように、汚染されて黒く濁り、ガスが沸いてゴミだらけ、という状態を“川が死んでいる”と表現すればかなり的確に様子を伝えられる。いずれにしても情緒的な表現といえるだろうが、ミネラルウォーターに関してはどうもそれだけではない。
国際会議でも、ナチュラルミネラルウォーターは生きているからヨーロッパ特有の他とは違う水なのだと主張する人もいる。この場合は、情緒的というよりも、源泉の微生物を保持する、微生物を減らすような処理をしない、あるいは他の微生物汚染の可能性を減らすためにバルク輸送を禁止する、と主張するための根拠の1つとして使われる。
“生きている水”という言葉は、こういった場合非常にアピールする。殺菌処理をすれば水は死んでしまうではないか!と叫んだとすると、ヨーロッパならばそうだ!と大勢から答えが返ってくるだろう。水の微生物の数がどのくらいで、有用性がないなどということはまったく無視されてしまうという土壌がヨーロッパにはある。法規と一般民衆との感覚のズレというのはこういうことである。
ヨーロッパの水の産業は、こういった生い立ちの上に築かれている。この背景を知らなければ、何故ヨーロッパ人がナチュラルミネラルウォーターについてわれわれには不思議と思える考え方をするのか理解できない。
また、産業としての伝統はヨーロッパより短くとも、北アメリカ、あるいはわが国でもそれぞれの水の生い立ちがあり、その水の文化がその地域の水産業を形作ってきた。ミネラルウォーターに世界共通のルールを作ろうという国際規格は、だから非常に困難を伴う。原料に近い、加工度の少ないミネラルウォーターのような製品ほど地域性が強くなる。
もし、共通のルールを作るとすれば、世界各地城の水の生い立ちを包含するものでなければならないだろう。ヨーロッパ以外の地域ではどのような水の生い立ちがあるか、共通のルールを作ろうという国際規格を検討する場で、それらがどのようにせめぎ合っているかという問題がまだ残されている。
今回でこの連載をひとまずお休みいたします。
執筆:(社)全国清涼飲料工業会 技術委員 福田正彦
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