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サンティアゴ巡礼の道は中世にヨーロッパ各地から聖ヤコブを祭ってあるガリシアのサンティアゴデコンポステーラを目指して巡礼者が歩いた道です。

シャコベオ'99

くの港の一つ、イリア・フラビア(現在のパドロン)地方のポンテセスーレスに上陸し、リブレドンという丘のふもとの霊廟に遺骸を埋葬しました。その後、度重なる戦いと人口過疎化の中で歳月が流れ、いつしか、この聖なる墓の存在は人々の頭から忘れ去られてしまったのです。 (イリア略年代記より)
聖ヤコブと2人の弟子の墓が発見されたのは、西暦813年のことでしたが、ニュースはヨーロッパ全体に広まっていきました。やがてサンテイアゴ・デ・コンポステーラにはヨーロッパ中から巡礼が通うようになり、ついにはローマやエルサレムをはるかにしのぐほどの人が訪れるキリスト教の聖地となったのです。1078年には現在の大聖堂が起工されました。11世紀から15世紀にかけては巡礼の黄金時代を迎えました。
7月24日の晩に、オブラドイロ広場でファチャーダ・ムデハル(作り物のファサード)が焼かれ、盛大に花火が上げられます。25日になると公園に屋台が並び、音楽祭が開かれるなど、観光客を楽しませる行事が繰り広げられます。
この聖人の祝日7月25日が日曜日に重なる年が聖ヤコブの年です。暦で確かめるとわかるように6、5、6、11年の間隔を置いてやってきますが、その年の祭りは格別盛大です。

1993年に世界文化遺産に指定された   ガリシア州の州都サンティアゴ・デ・コンポステーラでは、1年を通じて外国からの観光客が途絶えることはありませんが、とりわけ賑わいを見せるのは使徒ヤコブにちなむヤコブ大聖祭の期間です。毎年7月25日から31日までの間行われるこの町最大のお祭りが昨年は格別に盛り上がりました。というのも、1999年は「聖ヤコブの年」(シャコベオ99)に当たるからです。
町と聖人について語り継がれてきたいわれはロマンに満ちています。
伝承によれば、イエスの12使徒の一人で「雷の子・(あばれんぼう)」の異名で知られる聖ヤコブ(スペイン語でサンティアゴ)は、スペインで布教していたある日、柱の上に現れた聖母マリアのお告げを受けてパレスチナへ戻りました。しかし、ヘロデス・アグリパ(ヘロデ王)の命令で首を切られ、殉死しました。彼に従って行った弟子たちは、師の遺骸を埋葬するため、ヨッパの港から船を漕ぎ出しました。
船は太陽の進む力向に向かって地中海を航海し、大西洋に出てガリシアの海岸に行き着きました。一行は古代ローマが建設した数多

●和歌山県とガリシア州は姉妹道で98年に正式提携をしております。

スペイン・ガリシア州経済開発公社発行ニュースレターより


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